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道具から見た昔のくらし展

更新日:2007年2月20日

開催期間:平成12年7月8日(土曜日)から平成12年9月17日(日曜)まで

「おひつ」「ちゃぶ台」「行灯」「蚊帳」などは、少し前まで当たり前のように人々の生活の中にありました。しかし、生活様式の変化や、技術の進歩に伴って、その姿を変えてしまい、今の子供たちには馴染みの薄いものとなってしまっています。そこでこの企画展では、これらの道具やその変遷を通して、昔の生活の様子を子供たちにも分かりやすく紹介しました。

ごはんの食べかたのうつりかわり

今では家族みんなが、ひとつのテーブルでごはんを食べるのが当たり前かもしれませんが、昔はそうではありませんでした。
 江戸時代は、ひとりひとりが「お膳」というごはんを食べるための台をつかって、食事をしていました。明治時代になって、ちゃぶ台という、4から5人がすわれるくらいの台がつかわれはじめました。そして明治時代の中ごろ(約110年前)、家族みんなでひとつの食卓をかこんで食事をする家が、だんだんふえていきました。それでも、まだお膳をつかってごはんを食べる家もたくさんありました。

台所用具のうつりかわり

昔の台所には、今はないようなものがたくさんありました。
 たとえば、水道がない時代は外の井戸から水をくんでこなければならなかったので、水をくむための「手おけ」や、水をためておくための「水がめ」がおかれていました。また、今のようなガスコンロなどもなく、ごはんをたいたり、なべを火にかけるための「かまど」がありました。
 また、今の台所には当たり前にあるものでも、昔はなかったものがあります。
 たとえば、冷蔵庫は今ではほとんどの家にあるものですが、冷蔵庫が売り出されたのは100年近く前で、しかもそのころはとても値段がたかかったので、冷蔵庫のある家はほんの一部でした。また、そのころの冷蔵庫は電気ではなく氷で冷やす冷蔵庫でした。冷蔵庫が多くの家庭でつかわれはじめたのは、40年前ころからのことです。

暖房・冷房のうつりかわり

冬の寒いときに、あたたまるまるための道具を暖房具といいます。現在の暖房具は、電気やガス、石油などをつかいますが、電気やガスをつかうのがあたりまえでなかった時代は、炭火をつかう暖房具がほとんどでした。 電気やガスは100年以上前からつかえるようになりましたが、それからあとも長い間、電気やガスよりも、炭火の暖房具のほうが多くつかわれました。
 夏の暑い時、冷房には今ではエアコンやせんぷうきなどがありますが、昔はせんぷうきがつかわれたくらいでした。またせんぷうきも売り出されたばかりのころは、もっていない家のほうが多かったので、ほとんどの家では、窓をあけて風とおしをよくするなどして、夏の暑さをしのいでいました。

照明具のうつりかわり

 部屋などを明るくするための道具を、照明具といいます。
 照明具には、江戸時代からしょく台やあんどんなどがつかわれていました。明治時代には、石油ランプやガス灯がつかわれるようになりますが、それでもあんどんのほうが安あがりだったため、明治時代の終わりくらい(約90年前)まではあんどんをつかう家がまだまだありました。
 電灯も100年以上前からつかえるようにはなっていましたが、最初のころは電灯をつかう家はあまりありませんでした。90年くらい前からだんだん電灯をつかう家がふえはじめ、60年前くらいになると、ほとんどの家で電灯がつかわれるようになりました。

火のしと炭火アイロン

衣類のしわを伸ばすのに使うアイロン、これがない時代には炭火を利用した「火のし」という道具を使っていました。
 さらに明治の頃にアイロンが登場しますが、電気製ではなく、熱源は炭火でした。
 電気のアイロンが生まれるのは、大正になってからです。

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このページはすみだ郷土文化資料館が担当しています。

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