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明治150年企画展「水神社の世界 失われた景観と源頼朝伝説」開催中!

更新日:2018年10月16日

〜隅田川神社所蔵の貴重な資料は必見〜

現在、すみだ郷土文化資料館(向島二丁目3番5号)では、明治150年企画展「水神社の世界―失われた景観と源頼朝伝説―」を開催している。約800年前、現在の墨堤付近には隅田宿という中世の宿があり、『吾妻鏡』では、源頼朝はここから隅田川を渡り鎌倉幕府を開いた。本展示では、この隅田宿の空間内に存在したと伝わる水神社(現在の隅田川神社)に伝来する資料を中心に、中世隅田宿の景観と源頼朝伝説について紹介している。 水神社は、明治2年に矢掛弓雄という人物が神主となり、同6年に現在の社名である隅田川神社を称している。江戸から明治という時代の転換点に、小さな神社がどのように生き抜いたのか。そこには、地域に眠る源頼朝伝説が深く関係していた。本展示では、矢掛弓雄が江戸時代の縁起を元に編纂した「隅田川神社縁起」(明治4年、隅田川神社所蔵)をはじめ、隅田川神社に伝来する源頼朝伝説資料を展示している。興味深い資料は、「伝頼朝橋鎹(隅田川神社所蔵)」。これは、江戸時代後期、幕命によって通船の妨害となっていた隅田川底の橋杭を抜いたところ、泥中より発見された橋の鎹である。隅田川神社の神主・矢掛弓雄は、この鎹を源頼朝によって架けられた橋の鎹と考えたという。また、「都鳥の文台(隅田川神社所蔵)」は、この橋杭から作成されたもので、江戸琳派の祖である酒井抱一が書を寄せている。これら展示資料には水害の痕跡がいたるところに残されており、墨田区が震災や戦災のみならず、あまたの水害を乗り越えてきた地域であることも物語る。
このほか、山岡鉄舟筆による扁額など、同館でしか見られない資料を中心として、中世の墨田区の歴史や水神社の世界について知ることができる本展示は11月25日(日)まで開催している。

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