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社会福祉会館

更新日:2019年11月26日

社会福祉会館は、人権・同和問題の相談事業をはじめ、福祉増進を図るため、教養、娯楽、体育の向上、児童の健全育成、地域の交流を目的にして、乳幼児から高齢者まで幅広い区民を対象に各種事業を実施しています。
館内には、乳幼児から高齢者まで利用できる各施設とサークル活動等が利用できる有料貸出施設を備えています。

会館からのお知らせ

行事案内

人権週間行事のご案内

世界人権宣言は、人権を守ることが世界平和につながるという考えから1948年(昭和23)年12月10日、国際連合によって「あらゆる人と国が達成すべき共通の基準」として採択されました。日本では、世界人権宣言が採択された翌年の1949(昭和24)年に法務省と全国人権擁護委員連合会が、世界人権宣言の採択を記念し、毎年12月10日を最終日とする1週間(12月4日から12月10日)を人権週間と定めています。社会福祉会館では人権週間中に人権への理解を深めてもらうため各種の行事を開催します。行事は、12月5日(木曜日)に乳幼児、保護者向けの荒巻シャケ氏による親子ライブ「親子でハッピータイム」を開催します。12月7日(土曜日)皮革工芸体験教室を午前中に行います。午後1時から三遊亭楽生氏を講師に「講演と落語」を行います。各事業とも参加費は無料です。
「きねがわスタンプラリー特別展示」で紹介した京成荒川駅・旧四つ木橋・京成白鬚線の内容の一部をホームページで掲載しました。

人権週間行事
開催日時 行事案内
12月5日(木曜日)

親子でハッピータイム「親子ライブ」
 出演:荒巻シャケ氏(保育シンガーソングライター)
 時間:午前10時15分から11時まで
 対象:区内在住の乳幼児と保護者
 11月13日(水曜日)から受付します。
 電話:03-3619-1051、または直接社会福祉会館へ。

12月7日(土曜日)

皮革工芸体験教室 革を使ったマスコットづくり
 時間:午前10時から11時40分まで
 対象:墨田区在住・在勤・在学の方 先着16名
 小学生3年生以下の方は保護者の同伴が必要です。
 11月12日(火曜日)から受付。電話:03-3619-1051

12月7日(土曜日)

人権講演会(講演と落語)
 講演「江戸時代に学ぶ人と人とのつながり」
 講師:三遊亭 楽生 氏
 開演:午後1時15分から午後3時まで
 手話通訳あり
 2歳以上の未就学児については一時保育あり(要事前予約)
 11月11日(月曜日)から受付。
 詳しい内容は、下記のちらしをご参照ください。


問い合わせ先

 社会福祉会館
 電話:03-3619-1051 ファックス:03-3619-1054
 Eメール:新規ウインドウで開きます。SYAHUKU@city.sumida.lg.jp
 住所:墨田区東墨田二丁目7番1号

「親子でハッピータイム」を、12月5日(木曜日)午前10時15分から11時まで開催します。保育シンガーソングライターの荒巻シャケさんをお呼びして親子ライブを行います。
対象は、乳幼児とその保護者になります。

「人権講演会」を、12月7日(土曜日)午後1時15分から開催します。三遊亭楽生氏をお呼びして、人権の講演と落語を行います。講演は、「江戸時代に学ぶ人と人とのつながり」です。
会場は社会福祉会館3階ホールです。申込みは、電話、ファックス、Eメールで受付しています。

講師プロフィール
6代目三遊亭円楽の総領弟子。2001年二つ目昇進。2008年真打昇進。隔月で深川江戸資料館にて独演会を開くほか、定期的な勉強会を精力的に開催。本格的な古典落語を演じ、声量の豊かさとメリハリの利いた高座が特徴。

利用案内

開館日・定休日・利用時間

開館日

月曜日から日曜日まで 毎月1日は施設貸出公開抽選日です。

定休日

毎月第3月曜日・祝日
年末年始

毎月第3月曜日は館内整理日です。

利用時間 
(月曜日から土曜日)

午前9時から午後9時まで

児童図書室・あそびのへや・学習室・世代交流室
娯楽室は午後5時まで

利用時間 
(日曜日)

午前9時から午後5時まで 個人利用、貸出施設とも午後5時まで

施設案内

階数 個人利用 貸出施設 エレベーター
3階 体育室

ホール 
控室 

3階
2階

体育室入口・にじかけのへや
娯楽室・世代交流室

第2講習室
和室 

2階
1階

事務室(受付)・児童図書室・幼児室
こども学習室・あそびのへや・同和相談室

第1講習室 1階
地下 機械室  

来館者用駐車場はありません。

福祉設備

 福祉設備 有無 案内
障がい者用駐車場・スロープ 利用する方は事務室にお申込みください
エレベーター エレベーター3階まで

だれでもトイレ
(車椅子・オストメイト・乳幼児おむつ台)

1階に設置
授乳室(注釈1) 必要な方は事務室受付にお申込みください
猛暑避難所 猛暑時に避難施設に指定されています。
来館者用車椅子 必要な方は事務室にお申込みください

注釈1 授乳専用の部屋はありませんので、必要な方はお部屋をご用意します。

事業案内

事業案内

主な内容
乳幼児事業

 乳幼児と保護者を対象とした事業を行っています。
・0歳児対象のすくすくクラブ(毎週木曜日:定員30組:参加費無料)
・1歳児対象のすこやかクラブ(毎週:木曜日定員30組:参加費無料)
・2歳から3歳までの幼児の時間(毎週水曜日:定員30組:参加費無料)
定員は各クラスとも30組で費用は無料です。幼児の時間は毎週水曜日、すくすく、すこやかクラブは毎週木曜日に行っています。詳しい内容につきましては会館に直接お電話してください。

小学生事業

小学生を対象とした小学生チャレンジタイムを毎週水曜日午後3時から午後4時まで行っています。
内容は体育遊び、工作、ゲームなど行っています。
参加費用は無料です。7月にこどもえんにち、8月に夏休み工作教室、3月の春休み期間中に大型イベントを実施しています

成人事業

趣味と教養、体育の向上を図るため、各種教室を開催しています。
昨年度はフラワーアレンジメント教室、茶道教室、水墨画教室、デジタルカメラ教室、フォークダンス体験教室を実施しています。
毎年10月には社会福祉会館を利用する自主サークルの発表、展示として文化祭を開催しています。毎週月曜日にリフレッシュ卓球、火曜日と金曜日はバドミントンを行っています。

高齢者事業

毎年、民謡教室、歌謡教室、新舞踊教室の講習会を行っています。
60歳以上の方で登録をすると娯楽室が利用できます。
娯楽室では毎週水曜日カラオケの日を行っています。娯楽室では、カラオケ、舞踊、歓談ができるお部屋として開放しています。
12月には娯楽室利用者による年忘れ演芸会を開催しています。

人権啓発事業

10月に人権啓発、地場産業の紹介、地域の歴史や交流を目的に社会福祉会館、都立皮革技術センター、産業教育資料室きねがわの三所合同イベントとなるきねがわスタンプラリーを開催しています。
12月の人権週間には乳幼児と保護者対象の親子でハッピータイムのイベントを行っています。また、一般の方を対象に人権講演会や皮革工芸教室などを実施しています。
館内には常設のパネル展示や皮革製品の紹介などを展示しています。

同和相談事業

同和問題に関する相談業務を同和相談室で行っています。
個人利用

・幼児室は乳幼児と保護者、児童が楽しく遊べるように各種遊具を備えています。
・あそびのへやでは会館にあるゲームなどを貸出しています。
・児童図書室には、主に幼児から小中学生向けの図書を備え、閲覧と貸出をしています。
・こども学習室は小学生の自習ができるようお部屋の貸出をしています。
・世代交流室は小学生が歓談できる部屋として貸出しています。
・にじかけのへやはフリースペースとなっています。
・体育室はこどもからおとなまで30分単位で卓球、バドミントンの練習の場として開放しています。
各施設とも費用は無料です。

貸出施設

・会館には無料で利用できる施設のほかに、有料で貸出している施設があります。
・ホール、第1講習室、第2講習室、和室の4施設は団体等の活動、会合、発表会の場として1時間単位で貸出しています。施設を借りる際には墨田区公共施設利用システムの利用の登録が必要です。

個人利用施設案内

個人利用の方は受付で名簿にお名前と利用施設名をご記入ください。
個人利用で貸出している施設はお電話でのご予約はできません。直接来館していただき1階事務室で受付してください。
体育室は主催事業により個人利用ができない日もあるので、ご利用の際は会館にお問い合わせください。
個人利用で貸出する施設(卓球、バトミントン、こども学習室、世代交流室)は30分単位の貸出となります。

施設区分

利用時間 対象 施設区分 利用時間 対象

幼児室

午前9時から
午後5時まで

乳幼児と
保護者

体育室
(貸出)

午前9時から
午後9時まで

小学生から
大人まで
(30分)

あそびの
へや

午前9時から
午後5時まで

小学生まで

にじかけの
へや

午前9時から
午後5時まで

小学生向け
フリースペース

児童図書室

午前9時から
午後5時まで

小学生

娯楽室

午前9時から
午後5時まで

60歳以上で娯楽室利用登録している方

こども学習室
(貸出)

午前9時から
午後5時まで

小学生
(30分)

世代交流室
(貸出)

午前9時から
午後5時まで

小学生
(30分)

体育室は、午前9時から午後9時まで利用できます。小学生から高校生の方は午後5時まで.
大人の付き添いがあれば午後9時までの利用となります。
会館では卓球ラケットを無料で貸出しています。
バトミントンラケットは小学生までの方に貸出しています。
児童図書室と1階ロビーにある大人向けの本は、大人の方も借りることができます。1人3冊まで1週間貸出しています。

有料貸出施設のご利用について

申請方法

墨田区公共施設利用システムにて申し込みができます。
申請には墨田区公共施設利用システムの登録が必要です。
施設の仮予約をした日から1週間以内に本申請がない場合、自動的に予約が取り消されます。
利用日の三か月前の1日から申請ができます。

予約の取り消し 

利用する日の5日前までの取り消しについては使用料金を返還します。
利用の取消の際は申請者のご印鑑と承認書と領収書をお持ちください。

貸出時間 

1時間単位でお部屋を貸出しています。
利用時間は午前9時から午後9時まで(日曜日は午後5時まで)

墨田区公共施設利用システム

以下のリンクから公共施設利用メニューに入れます。

使用料金

貸出施設

面積
(平方メートル)

定員

区民
利用料金

区民
冷暖房料金※

区民外
利用料金

区民外
冷暖房料金※

ホール 153.6 190人 880円 330円 1320円 490円
第1講習室 70.8 30人 270円 160円 400円 240円
第2講習室 65.7 20人 270円 160円 400円 240円
和 室 37.5 15人 270円 160円 400円 240円

※冷暖房期間:6月15日から9月30日、11月15日から3月31日

2019きねがわスタンプラリー事業報告

今年で5回目となるきねがわスタンプラリーが10月20日(日曜日)快晴のもと開催しました。2015年からはじまったスタンプラリーも徐々に地域の方々に知られるようになり、今年の参加者数は580人と多くの方が参加していただき楽しんでもらいました。各会場では特別展示、施設公開、皮革工芸体験による作品づくりもあり、遊びながら学べる体験イベントとして年々好評を得ています。「このような施設が東墨田にあることが知らなかった勉強になった」「楽しみながらラリーをまわれた」など主催者側としてうれしい言葉をたくさんいただきました。スタンプラリー参加の大人の方には協賛企業・団体から革製品,レトルトカレーなどが配られるとともに幼児、小学生にも参加景品が配られ喜ばれています。

きねがわスタンプラリー特別展示の一部紹介「社会福祉会館周辺の歴史」

  • 京成荒川駅(八広駅)の歴史は古く1923(大正12)年7月に駅が開設しました。京成電気軌道株式会社(京成電鉄)が開通した年は、1912(大正元)年11月3日で開通当初は押上駅を起点として曳舟駅−四つ木駅−立石駅―曲金(高砂)−伊予田(江戸川)間と支線の柴又間が最初となります。
  • 1914(大正)3年には、木下川薬師道(八広新仲通り)と京成電軌の路線が交差する位置に向島駅が開業しました。向島駅は太平洋戦争末期の空襲により焼失し、1947(昭和22)年に廃止となりました。
  • 開通した当時は、荒川放水路はまだできておらず周辺の河川は綾瀬川、中川と江戸時代に開削された曳舟川と中居堀が現在の葛飾区とつながっていました。
  • 1913(大正2)年に荒川放水路開削工事がはじまり、荒川放水路開削予定地となった用地の買収、関係町村の配置分合が行われたことにより大木村(現在の八広、東墨田)が廃止されて吾嬬町に編入しています。
  • 編入後、大木村立尋常小学校の名称が第三吾嬬小学校へと替わりました。この年に東京駅が落成して東京―横浜間の電車運転がはじまります。
  •  荒川放水路の開削工事が進む中、京成電軌は、荒川放水路を渡るため直角で進行できるよう軌道の修正と荒川放水路架橋工事が行われることになり、1921(大正10)年に荒川放水路架橋工事の着工をしています。1923(大正12)年7月1日に荒川放水路架橋工事が完成し、同月に京成荒川駅を開業しました。
  • 軌道修正により四つ木駅、立石駅も移設しています。2か月後の9月1日に関東大震災が発生し軌道が破壊されましたが、9月5日に荒川―千葉間を復旧して運行を開始しています。9月8日には押上―荒川駅間を復旧して全線開通となり無料輸送を行いました。

・昭和30年代の京成荒川駅(八広駅)の写真(資料提供すみだ郷土文化資料館)

  • 写真は荒川放水路に架かる木造の旧四つ木橋です。人工河川の荒川放水路ができたことにより1922(大正11)年に橋が架けられるようになりました。荒川(現在の隅田川)は、江戸時時代の頃から頻繁に洪水がありました。明治時代になっても洪水は続き1868(明治元年)から1910(明治43)年の間に床上浸水などの被害をもたらし10回以上発生しています。
  • 荒川放水路ができるきっかけとなったのは、1907(明治40)年の水害の後、東京市議会に排水用の川をつくるよう意見書が出されたことからはじまります。1908(明治41)年にも「荒川分水開削に関する建議」が出され、このような動きを背景に国の内務省で荒川放水路の計画が練られていました。そして、1910(明治43)年の大洪水で計画はさらに進められ1911(明治44)年度から荒川の下流に放水路をつくための調査を行います。
  • 内務省は関東一円にわたる治水計画を立て、その一部として荒川については、埼玉県の熊谷上流あたりから東京湾までの全部を改修することにしました。荒川が増水したときは岩淵水門で水門を閉めて隅田川と分離する計画でした。
  • 墨田区の地域としては1913(大正2)年に荒川放水路開削工事が始まり南葛飾郡の大木村(明治11年に大畑村、木下村、上木下川村、下木下川村が合併)は廃止されて墨田区北部の地形は大きく変わっていきます。
  • 荒川放水路は1910(明治44)年の計画からはじまり1930(昭和5年)に東京湾までの放水路工事に20年の歳月がかかっています。荒川の計画により、荒川の真ん中(現在の木根川橋の下流)に位置していた木下川薬師(浄光寺)は、葛飾区側に移転が決まりました。
  • 大正5年に万福寺と木下川薬師の境内にあった白髭神社は、東墨田三丁目に移転が決まりました。上木下川では42戸のうち20戸ほどが葛飾区に移転しています。下木下川の村落は、ほとんどが予定地に入ってしまい川の西と北に移転しました。
  • 文政の頃から旧中川北岸(東墨田東公園・東墨田3−19)に6000坪の木下川梅園がありました。明治初期には勝海舟の別荘にもなった梅園も明治43年の大水害により樹木は枯れてしまい、その後、荒川予定地と重なり、中川水門(木下川水門)ができたことで梅園はなくなりました。葛飾区にも木根川の名称があるのは放水路により村落が分断したことからきています。元の地名は木下川となりますが葛飾区では昭和40年代に木根川へと地名を変更しています。
  • 旧四つ木橋が架橋していた位置は、京成鉄道橋と木根川橋の中間で八広中央通りを荒川に向かい土手の辺りにありました。架橋は1922(大正11)年6月30日から開通となっています。その後、新四つ木橋が1952(昭和27)年に開通すると、荒川を渡る橋梁は木造の四つ木橋から鋼橋の橋へと替わりましたが、旧四つ木橋はしばらく残り1964(昭和44)年に撤去されました。写真の旧四つ木橋は荒川河川敷整備前のもので昭和30年代前半の頃のものと思われます。

旧四つ木橋写真(資料提供 すみだ郷土文化資料館)

  • 写真の京成白鬚線は、現在(2019)から83年前に京成押上線の支線として向島−長浦−玉の井ー白鬚を走っていた鉄道路線です。開業は1928(昭和3)年4月7日から1936(昭和11年)2月28日まで運行して3月1日に廃止となりました。軌道の痕跡もない路線で幻の鉄道路線といえます。向島駅は、曳舟駅と八広駅の中間にあり、木下川薬師へ通じる道と京成の軌道が交差する位置に、大正3年から開設していましたが、戦争による空襲で焼失して、昭和22年廃止となっています。
  • 白鬚線の開通から廃止までの経過をたどると、明治末期から鉄道が重要な輸送機関として、私鉄各社がそれぞれ路線を敷いて発展していきました。その後、1906(明治39)年に鉄道国有法が施行したことで、私鉄であった日本鉄道株式会社(山手線・高崎線・東北線・常磐線)甲武鉄道株式会社(中央線)総武鉄道株式会社(総武線)各社を国有化していきます。現在の山手線、中央線、総武線が鉄道省の鉄道となり、省線と呼ばれていました。国有化以降、私鉄の建設は山手線外延に限られていました。
  • 私鉄の東武鉄道、京成電軌(京成電鉄)は、乗客数を伸ばすためにも都心部(山手線内)または東京市域商業圏(浅草・上野)まで延伸することが必要とされ、いくつかの都心乗り入れのための路線の申請をしています。路線認可のためには、鉄道省の諮問機関でもある東京市会での認可が必要でした。
  • 東京市会では、路線を通る地元住民の意向を聞き、路線変更による街の衰退の危惧、人力車組合の反対などのほか、国有鉄道である省線以外の市内を通る鉄道は市電か地下鉄によるものとしての方針もあり路線認可を得ることが難かしい状況でした。このため東京市内を走る鉄道として東京地下鉄道(地下鉄銀座線)が先に認可が下りています。
  • 京成電気軌動株式会社(京成電鉄)は、1911(大正元)年の開業当初から都心乗り入れ計画として、押上を起点とする市電との接続で浅草までの路線計画を考えていましたが、東京市区改正事業による北十間川の開削工事により、押上駅の位置が後退したことで実現することが困難でした。
  • 白鬚線は、京成電軌株式会社(京成電鉄)が都心乗り入れ計画路線として、大正7年に向島−白髭間の路線認可(未着工)を得ていました。白鬚から延伸して白髭橋を渡り三ノ輪橋で王子電気軌道(都営荒川線)と接続する計画もありましたが、白鬚からの延伸の許可は下りていません。向島ー白鬚間は、東京府南葛飾郡吾嬬町と寺島村を結ぶ郊外路線でしたが、この頃には、白鬚橋と大正通り(大正通り・いろは通り)はつながり、隅田川畔には、撮影するのに適した空気が澄んで静かな杉山義丸の別荘のあとに1903(大正2)年に日活向島撮影所が開設しています。撮影所が制作した「カチューシャ」は大ヒットとなり、3部作まで作られるました。京島にあった高松プロダクションとともに墨田区北部は映画の町として有名でした。
  • 京成電軌(京成電鉄)は、新たな都心乗り入れ路線として荒川駅(八広駅)が開業する前に荒川ー下谷車坂(上野)間の路線申請をしましたが1923(大正12)年6月に東京市会において不許可となっています。荒川駅開業後から2か月後の9月1日に、関東大震災が発生し、東京市、神奈川県は甚大な被害を蒙りました。
  • 関東大震災により、墨田区の街は大きく変貌していきます。旧本所区は家屋の倒壊と火災によって、ほとんどの家、建物が焼失して、多くの人命も失われ、東京市被害の8割になるほどの被害を受けています。焼失した東京市域から郊外の墨田区北部へ移転が増加していきました。特に、浅草区にあった通称「浅草十二階下」と呼ばれる500軒程の銘酒屋が灰じんとなり、東京市内での再開ができないことから、近郊の玉の井と亀戸にそれぞれ半数ほど移転したことで、玉の井は急激に歓楽街へ変わります。日活向島撮影所は、応急して撮影しましたが復旧することができず京都に移転しています。
  • 東武鉄道は、震災の翌年、公共輸送のため明治41年に廃止となった白髭駅を玉の井駅(東向島駅)と名称を替えて駅を再開しています。(※地名は玉ノ井が正式ですが駅名は玉の井の名称となります)玉の井駅が再開して2か月後に、都心乗り入れ路線として、業平橋(スカイツリー駅)−浅草雷門駅(浅草駅)の延伸許可が下りています。
  • 旧本所区は、復興計画のもと徐々に復興のきざしが見える中、墨田区北部は当時、東京府南葛飾郡のため、復興計画による街区整備などは行われていない状況の中 焼失地域からの移転と交通網の復旧、拡大により市域外へ人口の流動がおこり南葛飾郡吾嬬町、寺島村も寺島町へと町制へと替わります。住宅、工場が増えていき、未着工だった白髭線の路線区間の町の様相も農村から町へと大きく変わっていきます。
  • 京成電軌は、浅草までの路線計画を何度か申請し取り下げたのち、吾嬬町請地口(押上三丁目)ー浅草花川戸間の申請を1927年(昭和2)年10月に東京市会に提出しています。この申請と同時期に、向島ー白鬚間の町の発展状況が大きく変わったことから、乗客数が見込まれたこともあって白鬚線の工事をはじめています。同年、12月30日に東京地下鉄道(地下鉄銀座線)が浅草−上野間が開通しています。
  • 白鬚線の着工は、向島駅から分岐して全線複線化の路線工事を行い、区間の駅は向島駅ー長浦駅ー玉の井駅ー白鬚駅の4駅となり、路線の全長は1.4キロメートルありました。
  • 東武鉄道と立体で交差するために賑本通り(平和通り)と併行する軌道に堤を築き、東武鉄道と立体交差する手前に玉の井駅を設けています。東武鉄道と立体交差の鉄橋で渡った後、大正通りと併行して築堤された緩やかな坂を下った先に終点の白鬚駅を設けています。
  • 開業は1928(昭和3)年4月7日からはじまり、押上駅からの直通運転で白鬚駅まで運行していました。向島駅、白鬚駅は有人駅でしたが長浦駅、玉の井駅は無人駅でした。同年、9月に路線申請していた吾嬬町請地口ー浅草花川戸は東京市会において不許可となっています。京成電軌は、新たな都心乗り入れ路線として、青砥−日暮里間を申請し、1930年(昭和5)年7月に青砥−日暮里間を着工します。
  • 青砥ー日暮里間の工事が進む中、白鬚線は1931(昭和6)年4月1日にダイヤ改正を行い、向島ー白鬚間は往復運転となり単線1列車へと縮小しています。同年、5月25日に東武鉄道は、業平橋(スカイツリー)−浅草雷門(浅草)が開通すると、以前は京成白鬚駅側が町の賑わいの中心となっていましたが、東武鉄道玉の井(東向島)側へと移っていったと永井荷風の小説「墨東綺譚」で述べられています。
  • 京成電軌は、青砥ー日暮里間を1931(昭和6)年12月19日に開通しています。この開通により日暮里−上野公園間までの都心乗り入れ路線を進めていきます。
  • 東京市は、震災により鉄道、市電の軌道が破壊されたことから、交通ルートが自由にとれる乗合自動車(バス)、タクシーを奨励して、鉄道、市電とともに自動車が新たな交通輸送機関として加わりました。1932(昭和7)年の頃には道路、区画整理、橋梁の架設などの復興事業も終了しています。国有鉄道の山手線は環状でつながり、中央線と総武線が接続となりました。鉄道、市電、自動車による交通網が拡大していきます。
  • 京成電軌は、1932(昭和7)年7月1日に隅田乗合自動車を買収してバス事業を開始します。バスの営業所を寺島町の大正通り(いろは通り)沿いに設けて、地下鉄銀座線と連絡できる浅草雷門に停留所を置き、浅草雷門−白鬚−玉ノ井と白鬚−鐘ヶ淵ー綾瀬−関屋間の2系統のバス事業を開始しています。
  • バス営業開始の頃には、震災で破壊した吾妻橋も架け替えられて、本所区内の道路や街の区画整理も終わり防火地帯ともなる隅田公園も開園していました。水戸街道は鐘ヶ淵通りまで延伸しています。
  • 京成バスの営業は、成功を収め利用客の増加により、運行時間は朝6時30分から夜中の12時まで、運行間隔を3分から4分で運行してます。11人乗りのバスで1日平均6700人の利用があり、開業して5か月間で102万人の乗客数を上げています。市営バスも玉の井ー浅草ー谷中線の営業を開始しています。京成バスは、白髭線と併行する大正通り(大正通り・いろは通り)を経路として、主に玉の井へ行く利用客での収益を上げています。
  • 京成バスの営業開始から3か月後、復興事業も終わり交通網が整備した東京市域は、行政区を拡大していき1932(昭和7)年10月1日、東京市は35区制に替わり吾嬬町、寺島町、隅田町が合併して東京市向島区となりました。行政管轄の変更によって、京成白鬚線は東京府南葛飾郡から東京市向島区を走る鉄道路線へと変わります
  • 京成電軌は、1933(昭和8)年に念願の都心乗り入れ路線となる青砥ー上野公園(上野駅)が開通したことで、収入減となった京成白鬚線は1936(昭和11)年3月1日に廃止となりました。
  • 昭和11年3月に廃止した白髭線ですが、作家永井荷風の小説「墨東綺譚」(墨にサンズイ)は、昭和12年に朝日新聞の連載小説で発表されました。小説では昭和11年の夏草が生い茂る、玉の井停車場跡の風景が描かれています。 また、岩波書店発行の「墨東綺譚」の挿絵を担当した画家木村荘八の挿絵の中に、京成白鬚線廃線跡から見た寺島町の街並みが抒情的なタッチで描かれています。
  • 築堤の高さも不明ですが、現地に度々スケッチで訪れた木村荘八の絵は、当時の街並みを正確に写しており、白鬚線の築堤の高さが家の2階建ての屋根下ぐらいだったことがわかります。おおよそ5メートルから6メートルの築堤で東武鉄道と立体交差していたと考えられます。
  • このほか、永井荷風の随筆、日記の中にも京成白鬚線の廃線跡についての記述があります。小説のほかに、墨田区出身の漫画家滝田ゆうによる「寺島町奇譚」では、白鬚線廃線跡の土手で遊ぶ絵があり、築堤はこどもたちから山と呼ばれて格好の遊び場だったようです。
  • 廃線後、築堤はしばらく残っていましたが、いつごろに取り崩されたかは不明です。その後、太平洋戦争末期の空襲により、白鬚線周辺の寺島町は焼失し、戦後復興した頃には戦前の面影となる街は残っていません。

 
(写真資料提供 すみだ郷土文化資料館)
・きねがわスタンプラリー期間中に京成白髭線の展示をしました

su きねがわスタンプラリー合同イベント

きねがわスタンプラリーで合同イベントをした事業所のリンク先

人権週間事業

人権講演会

会館では毎年12月の人権週間に講演会を開催しています。平成29年度は墨田区出身の探検家関野吉晴氏をお招きして 「グレートジャーニーの旅から足元を見直す」をテーマに人権講演会を開催しました。講演がはじまり、グレートジャーニーの映像を観た後、東墨田の皮革の話やグレートジャーニーで出会った人たちのお話しを講演していただきました。

皮革工芸教室

平成29年度は来年の干支犬のキーホルダー作りと木下川の歴史と皮革のDVDを上映しました。皮革工芸は犬のキーホルダーと皮に好みのデザインの刻印を打つ人、自分のネームを刻印を打つ人などに分かれ、それぞれ手作りの皮革キーホルダーを完成しました。

所在地、交通案内

所在地

東墨田二丁目7番1号

電話番号

03-3619-1051
すみだマップ
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交通案内

東武線「小村井駅」15分、京成線「八広駅」15分
最寄のバス停は「社会福祉会館前」「八広三丁目」

  1. 平井駅北口 上23    上野松坂屋行き 社会福祉会館前 下車(バスが停車している停留所)
  2. 錦糸町北口 上23    平井駅行き    社会福祉会館前  (写真左にある停留所)
  3. すみまるくん 北東部ルート 社会福祉会館前 
  4. ベージュ色の建物が墨田区社会福祉会館 
  1. 青戸車庫   錦37  錦糸町駅行   八広三丁目下車 (写真城北信用金庫)
  2. 錦糸町北口  錦37 青戸車庫行    八広三丁目下車 (左側バス停)
  3. 停留所は、八広はなみずき通りですので、写真の青信号を右に曲がると中居堀通りにでます。左折して100m先の信号を横断するとベージュ色の建物が社会福祉会館になります。

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お問い合わせ

このページは人権同和・男女共同参画課が担当しています。

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