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更新日:2026年2月26日
登録日
令和8年2月19日
概要
この石碑は「無琴道人」 、 と号した江戸時代後期の儒学者、青木金山(1781~1818)の墓誌です。明治20年(1887)頃には木母寺門前の堤下に建立されていましたが、石碑の湮滅を心配した人が隅田川神社の神主矢掛弓雄の協力を得て同社境内に移しました。現在は、同社の社殿の右奥に安置されています。
銘文は、最上部に「無琴道人墓銘」と題額が刻まれ、その下に1行33字の配分で15行にわたって楷書体で碑文(漢文)が刻まれています。撰文は亀田鵬斎、浄書は題額を含め大窪詩佛、鐫刻は廣瀬群鶴がそれぞれ担当しました。
碑文の成立は文政2年(1819)3月で、山本北山門下の佐渡出身の俊才、青木金山の略歴と人柄、事績が知られます。またこの人物がとくに隅田河畔の景色をこよなく愛し、江戸滞在中にしばしば隅田川のほとりを散策したこと。雪景色の日や桜咲く日々には泊りを重ねて家へ帰ることすらしなかったこと。故に文政元年(1818)9月9日における彼の病没後(享年38)、友人らが慰霊を目的として隅田川近所の木母寺に当碑の建立を企図したこと。これらのことも判明します。
当碑は、青木金山の実像を示す資料が少ないなかで、希少の伝記資料として既に有名です。かつ実際に青木と交流があった亀田鵬斎による碑文を有する点が信ぴょう性を担保しており、総じて学術的価値が高いといえます。また、隅田河畔が文人の思索と交流の場であったことをも示しており、地域資料としての意義も兼備しています。こうしたことから、墨田区の登録有形文化財に登録されました。

無琴道人墓銘の碑
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